【本気の恋なら何をしても許されるかどうかについての考察】
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進撃の巨人 リヴァイ×エレン A5コピー小説 32P 2016.9.25 傾向:リーマンリヴァエレ シリアス系ギャグ 彼(エレン)に振り回されるリヴァイさんの話 彼――エレン=イェーガーは、リヴァイの手に余る、実に厄介な存在だった。 【期間限定】 受付期間:2016.10.01~2016.10.31 発送:2016.11月中旬
SAMPLE
――視界が一回転、した。 と思ったら、時間差で背中、腹と衝撃が走った。 きゃああ、という劈くような耳障りな悲鳴の群れが、どこか遠いところから上がっているのを感じた。 「――ク…ッ」 唐突に襲いかかってきた衝撃や痛み、驚きに辛うじて無様な声を上げずに済んだのは、常日頃からの鍛錬の賜物だろう。心身を鍛え続けることが己の身と矜持(プライド)を守ることがあるのだという、大変素晴らしいよい教訓を得た瞬間だった。 けれども腹に来た衝撃は、立派に割れた腹筋でも跳ね除けることが出来ず、だから息が詰まった。 「部長、大丈夫ですかっ」 「お怪我は…っ?」 「心臓が止まるかと思いました…ッ!」 周囲の人々から、口々に上がる声。 さぞかし驚いただろうし、心配させてもいるのだろう。 それに応えて、安心させてやるべきなのはわかっている。だが幸いにして、宥めなければ盛大に騒ぎ立てるであろうリヴァイ腹心の部下達はこの場には居ない。 だから少々心苦しくはあるが、取り敢えず、外野は一切無視の方向だ。 リヴァイには何よりも優先してやらなければならないことがある。 リヴァイは自身の腹の上にずうずうしくもいつまでも居座っている「重し」に手を伸ばすと、ぐいとその胸倉を掴み上げて、至近距離で睨み付けた。 「あ、どうしよう……。リヴァイ部長が近い…ぃ!」 同時に、どこからどう聞いても可愛らしくもはしゃいだ声が上がった。その内容の如何(いかん)についてはもう、さて置くとして、だ。それはどこからどう聞いても、明らかに現状に対して、場違いも甚だしいものだった。 「―…手前、一体どういう了見だ、ああ?」 リヴァイはそんな相手に向かって、精一杯凄む。 子供相手にやらかしたら死ぬまでトラウマになるだろうし、成人した人間相手にやらかしたら一生リヴァイに逆らうことは出来ないだろう。 リヴァイはそんな己の強面と迫力を自覚した上で、それを最大限に活かす方向で以て凄んだ。 「……どういうって?」 それに対して、そのひょろくて華奢な身体の何処にそんな力があるというのか、鍛えている分筋肉量が多い為、常人より体重のあるリヴァイを華麗に背負い投げみせた挙句、その腹の上に容赦無く飛び乗ってきた相手はといえば、リヴァイの鬼神の如き形相を恐れる様子も無く、こてりと可愛らしい仕草で首を傾げ、純真そのもののあどげなささえ感じられる表情(かお)でこちらを見詰めてくる。 顔のパーツのバランスにまったく比例していない大きな眼に湛えられているのは、無垢という言葉が相応しいであろう、それはそれは綺麗な、朝陽差し込む透き通った湖面の様な清らかさに満ちた眼の輝きだ。彼独特の、他に類を見ない眼の色は、彼の感情を映し、潔いまでに美しく輝いている。 彼の、そのあどけない表情が決して演技では無いことを知っているからこそ、余計に腹立たしい事この上無い。 こういう時、こいつは本気で聞いている。 本気でわかっていないのだ。 だが純然たる無垢も天然も、今は免罪符にはならない筈だ。 それに――、僅か数センチのところにある相手の貌立ちが、こんな距離で見詰められたら誰だって赤面せざるを得ないらしい、そんじょそこらの人間など寄せ付けないレベルの顔面偏差値を誇っているのだとしても、そんなことは今のリヴァイの知ったことではない。 「誤魔化せるとでも、思ってんのか?」 「何を、ですか」 「何を、じゃねぇ。この状況を見て、何か思うところは無いのかって聞いているんだ」 「えーと、オレ今、しあわせです。……太腿と股間にリヴァイ部長の素晴らしい腹筋の感触…っ」 相手はもじもじと太腿を擦り合わせながら、陶磁器の様に滑らかでまろく白い頬を薄っすらと赤く染めた。 腹の底から、ぞわぞわとしたものが沸き上がる。 ――手前のお粗末な股間を、俺の自慢の腹筋に擦り付けるのを止めろ今すぐ止めろ。気色悪いだろうが。もしもおっ勃たせでもしていたら、容赦無く潰す。完膚無きまでに潰す。男として終われ。 「死ね。一遍死んで来い。いや永遠に滅しろ」 「それはもしや…! お付き合いもエッチも両親への挨拶も結婚も子育ても全部素っ飛ばして! 心中して同じ墓に入ってくれるってことですかっ!」 相手の眼が一層輝きを増し、その実に好い笑顔は、いっそ眩しいくらいだ。こんな時でもなければ、相手がこいつでさえなかったなら、その爽やかな笑みに好感を持っていたことだろう。 実に残念だ。 大体、今の非常に簡潔な死刑宣告のどこに、トキめくことの出来る要素があったという。その上、どこまでリヴァイの言葉を曲解すれば気が済むのだろうか。 それはネジが何本も外れたポンコツロボット並みに頭が歪んでしまっているが故の誤認なのか、思考回路が一面のお花畑で脳みその代わりに花弁(はなびら)しか詰まっていないが故の徹底的な思考能力不足が為せる業(わざ)なのか。 ――しかして、心中。 実にイヤな、その響き。 だがしかし、それは今のこの状況に、限りなく近く当て嵌まるのではないだろうか。 リヴァイは床についた左手の、小指の先を見遣る。 そこから先は、下りの階段。 ひやり、と背筋が冷える。 もう少しリヴァイの運動神経が鈍かったなら、間違い無くこの階段を転がり落ちて、腹上の男と無理心中一直線だ。 まさか、それを狙っていたとはいうまいな? 他者(ひと)の腹の上で四方や腹上死を望んでいたとは、決していうまい、な……? 「死にたいなら一人で死にやがれ」 リヴァイは我ながら、地獄の底にあるぐつぐつと煮え滾った釜の中からでも聞こえてきそうな声で、恫喝する。 「イヤですよ。そうしたら毎日、リヴァイ部長の顔が拝めないじゃないですか」 相手は平然とした顔で、リヴァイの言を跳ね除ける。 「土日は会社は休み、顔を合わせてねぇだろうが。毎日じゃねぇ、きっちり訂正しやがれ」 そのあっけらかんとした態度に、思わず借金返済の如く、細かい修正を迫ってしまう。 すると返ってきたのはリヴァイの求める答えではなく、某童話に出てくる猫を彷彿とさせる、にんまりとした満面の笑みだった。 「そう思っているのは、部長だけです♡」 語尾に間違いなくハートが散っていた。 ぞくり、と悪寒が走った。 こいつは今、何と言った? 考えたくも無いし想像したくも無かったが、こいつが嘘を吐くことは無い。それを知り合って間もないうちから、わからされている。 とてつもなく、イヤな予感がした。 「えっとー、これは内緒だったんですけどー」 男の癖に語尾を伸ばすな。 人の腹の上に堂々と座り込んだままの男は、人差し指を顎に当てるという、見る者によっては愛らしいと思うだろう仕草をしてみせると、さらりと恐ろしい告白をし始めた。 「例えば、休日の晴れた日。 リヴァイ部長のランニングコースは、約二十キロ。 そのランニングコース上にある公園で毎回出会うお爺さんとは、うっかり嫉妬の炎を燃やしちまうくらいの仲良しさん……あのご老体、まさか部長を狙ってるんじゃないでしょうね…っ‼ ……こほん、失礼――。 そのお爺さんの飼っているゴールデンレトリーバーと戯れるのが日課。あの犬が憎らしい…っ‼ それから家に帰ってシャワーを浴びたら、何たることか、髪を生渇きにしたままで、鼻歌交じりに布団を干してきっちり叩いて。キューティクルが痛んで綺麗な髪の毛が台無しになるんでちゃんとドライヤーで乾かして下さいねっ? 思う存分部屋の掃除に勤しんだ後には、外でブランチ。 行き付けの店がいくつかあって、その中には昔からの知り合いがやってる店が混じってますよね? すっごい気安い態度、取ってることありますもん。何ですか、あの無防備さ。会社とはエラい違いじゃないですか。ダメですよ、道端で暴漢に襲われて酷い目に遭うんですから。 それから、まったりと本を読みに行く雰囲気の好い喫茶店もありますよね。あの銀縁の眼鏡、どうして会社では掛けないんですか? はっ、もしや老眼鏡…っ? オレのリサーチが足りないばかりに部長に恥を掻かせてますか……ねっ? ええとそれから日用品にはお気に入りのブランドがあって、偶にそれを売っている店を覗きに行くのを楽しみにしている……てことくらいですかね。 とまあ、これくらいのことなら、疾うに把握済みです? つまりですね。 オレは休日の部長の表情(かお)も、日々きっちりと拝んでいるんですよ?」 そして最後に「これじゃあまだまだで、雨の日のリヴァイさんのこと、知りませんし」と、てへっと可愛らしく付け加えたのだった。その表情(かお)は大事な秘密をそっと打ち明けてみせる子供の様な、得意満面といった様相だ。 背筋が凍るとは、このことだ。 一気に捲し立てられたリヴァイは、茫然とした。 私生活が駄々漏れだった。 「……あああっ、どうしよう。今オレ、部長のこと、リヴァイさんって言っちゃった。これ、内緒の呼び方なのに♡」 腹の上で重しが、くねくねと艶っぽく身体を揺らした。 だから、言っていることもやっていることも気色悪いこと、この上無い。 「……手前はストーカーか」 リヴァイは喉の奥からやっとのことで、それだけを絞り出した。 「ヤだなぁ。そんな物騒なこと、言わないで下さいよ。警察が来ちゃうじゃないですか」 実に爽やかな好い笑顔で否定してみせるが、明らかに今はそのすがすがしい笑顔を披露すべきタイミングでは無い。 いつもいつも、いつも。 少しくらい空気を読むべきだ。 もう、イチイチ突っ込むのが面倒臭い。 「……今すぐ一一〇当番したい心境なんだがな」 「ちょっと愛が暴走しているだけですって」 「ほう。暴走している自覚はあるんだな」 「まあ、一応」 へにゃ、と彼は照れてみせる。 だから今は……もう面倒臭い。もういい。 そんなことにかかづらっていたら、今問題にすべきことがどんどん遠退いてしまう。 「――では現状を、どう説明する」 いきなりリヴァイを投げ飛ばしたその理由を、まだその口から聞いていない。 これはこの会社にお互いが存在する以上、明確にしておかねばならない一線だった。 これの行動原理を把握していないと、オチオチ廊下を歩くことも出来やしないのだ。 「えー、言わないとダメですか?」 頭が痛くなってきた。 この際、さっさと転職を考えるべきだろうか。 否、三十路を過ぎたおっさんにはコネでも無い限り、今更転職の道などたいして拓けやしないだろう。この場合、転職すべきはまだ年若い相手の方であるべきだ。 「さっさと応えやがれ。さもないと屋上から吊るすぞ」 「そんなプレイがお好きなんですか?」 「……いいから吐け」 痺れを切らしたリヴァイは空いている手で相手の髪を掴むと、ガツン――ッと自分の額を相手の額にぶつけた。 「……痛っ、マジ痛い…ッ!」 相手は悲鳴を上げる。 「当たり前だ、痛くした」 ちっとも痛みを感じないリヴァイは平然と返してやった。 「何で平気なんですか…、ちょっ、本気で痛いしっ」 「またやられたいか?」 「……遠慮、します」 間近にある大きな眼には涙が溜まっている。 うるうると潤むその眼の美しさに絆されたりはしない。 「さっさと吐け」 茶褐色の猫ッ毛を掴む手に力を込めると、「待って下さい!」と相手がついに根を上げた。 泣く子も黙ると社内でも恐れられているリヴァイにここまでさせるこいつの根性だけは不肖ながらも認めてやらないでもないのだった。 これをもっと有効的に活用すれば、さぞかし立派なサラリーマンが出来上がるだろうに。これを勿体無いと思ってしまうのは、リヴァイの甘さだろうか。 「――転んだら危ない、と思いまして」 「……転ばされたんだがな」 どの口が、それを言う。 危うく階段から転がり落ちそうになった身としては、盛大に抗議したい。 「オレに、ですか?」 「そうなるな」 リヴァイは重々しく、頷いた。 「オレに、転んだんですか?」 パサパサと音を立てそうな睫毛が、幾度か瞬いた。 その眼に浮かぶのは疑問と、ほんの少しの喜色の気配。 「……ちょっと待て。今、語弊を感じた」 危機感を覚えたリヴァイは、回避ルートを探す。 「え…、嘘なんですか。酷い」 大きな眼が一瞬、うるっと潤んだ。 「何が酷いだ。俺の言葉を曲解するのもいい加減にしろ」 何時(なんどき)落ちているかもしれないトラップには要注意だ。 「曲解なんて、してませんよ」 「しているだろうが」 「リヴァイ部長こそ、何か、勘違いしていませんか」 相手はこてり、と再び首を傾げた。 「俺が何を勘違いしているという。手前は俺を思い切り投げ飛ばしただろうが!」 下手したらこれは、立派な傷害罪だ。 認めるのは癪だが、あれは遠慮の欠片も無い見事な背負い投げだった。反応出来なかった己が厭わしくて堪らない。 リヴァイが己への苛立ちも込めて強い語調で言い募ると、 「……ああ」 途端、相手は笑顔を消して無表情になり、気の無い返事をした。 「……あん?」 リヴァイはそれに、怒るよりも、訝しがる。 こいつは時折、とてつもなく突拍子も無いことを平気でする。今度は何だ。何をやらかしたんだ。 「オレは、あんたを守っただけですから」 リヴァイにだけ聞こえる小さな声で、淡々と、言われた。 「これのどこが…―、だ」 守った、だと。 結果的にリヴァイの反射神経の良さがなければ、間違い無く、二人とも階段から真っ逆さまだった。 「……そこの女がリヴァイ部長に粉かけようとしてたから、迂闊な部長がそんな女にうっかり転がったりしないように、適正な物理的距離を保つ為に取った手段とその結果、です」 その淡々とした口調で最後まで言い切った相手は、顎でリヴァイの後方を癪ってみせた。 リヴァイがそれにつられて背後を振り返ると、今まで一緒に歩いていた女性社員が離れた場所、やたらと増えているような気がするギャラリーに紛れるようにして、真っ青な表情(かお)で立ち尽くしていた。 隣を歩いていたリヴァイが、突然現れた男にいきなり投げ飛ばされたのだ、さぞかし驚いただろうし、怖い思いをしただろう。 リヴァイは彼女の心境を慮ったが、微かな違和感に眉間の皺を深くする。 先程までの彼女の、あの親し気な態度を鑑みるに、これは不自然な行動ではないか。どちらかといえば、我先にと逸早く駆け寄って来て、いらない介抱を始めそうなものなのに、彼女は逆にリヴァイと距離を取った。 そしてそれ以上に、彼女のその顔色の悪さの原因が、怖い場面を見たことによる恐怖というよりも、彼女自身に与えられた恐怖と戦っていることに因るもののように思われたのだ。 これはリヴァイの直観だが、おそらく間違っていないだろう。所謂、経験則的にも。 「……仕事の話を、していただけだろうが」 リヴァイは目の前の相手確(しか)と睨み付けて、苦々しい口調で言う。 間違いなく、違和感を作り出した原因はこれだ。 彼のその、冷え冷えとした眼差しか若しくは苛烈さの込められたギラついた眼差しが、まざまざと彼女を一瞥したのだ。 彼の大きな眼は、彼の感情を雄弁に映し出し、そしてそのまま相手へと叩きつける凶器と為り得る。肝の座っていない人間は、恐れて近づくことも出来ないだろう。 その結果が、これだ。 余計なことを、と思う。 「彼女はそもそも、リヴァイ部長と仕事の接点がありません。仕事にかこつけて、部長に近づいただけです」 彼はきっぱりとそう言い切ると、その唇を一文字に結んだ。 リヴァイは思わず、黙り込む。 相手の言うことに、呆れたからではない。 それが的を射ていたからだ。 件(くだん)の彼女は、廊下を急ぎ歩くリヴァイの隣にすっとさりげなく並んだかと思ったら、リヴァイには関係の無い仕事の悩みについての相談をいきなり始めたのだった。 随分と遠慮の無いその態度に、些か気分を害したのは事実。適当な生返事を返しながら、どうやって引き剥がそうかと思案していたことも、事実。リヴァイ腹心の部下達がそこに居合わせたら、一瞬で掃討されていた類の人間だ。 ――彼の動機については何となく、理解した。 無下に出来ない事実は、どう呑み下すべきか。 だが何をどうしたら、リヴァイを背負い投げして、階段から落としかけることに繋がるのだ。 「彼女との距離は、今くらいが適正だと思うんですが、如何(いかが)でしょうか?」 相手は悪びれることなく、稚いくらい実直に尋ねてくる。 まったくもって悪気が無い。 むしろ差し出されたのは、リヴァイの為の気遣いだ。 いつだって、そうだ。 嗚呼、この事実を事実として認めたくないという衝動と、どう戦えばよいというのだろうか。 「ああ。あのですね、これはオレが勝手に決めているルールなんで、リヴァイ部長が思い悩む必要はまったく以て、どこにも無いんですよ?」 あどけない表情(かお)で更にと差し出される言葉は、差し出されたものを受け取ることに惑いと抵抗を覚えて抗うリヴァイに、一類の救いすら見出させてしまうのだからどうしようもない。 最後の最後で――、どうしても彼のその横暴を心のどこかが許してしまうのは、彼が躊躇いなく実行してみせるそれらが、時折、真っ直ぐにリヴァイの為の行為へと繋がるからだろうか。その程度が多少……いや、かなり行き過ぎていたとしても、だ。 そこに好意や配慮といったものが一切含まれないのであれば、そもそもこんな行動は生まれていない筈なのだ。 「もう、心配いりませんからね」 相手は実に好い笑顔を振り撒きながら、リヴァイの眼をまじまじと覗き込んでくる。 近い。近すぎる。 茶褐色に僅かに滲む緑がくっきりと見える程に、近い距離。 眼の奥で、チラチラと金色が瞬いた。 吐息が甘く、届く距離。 ああそうだった、何よりも前にまず、腹の上からどけ。だからその粗末なものを俺の腹に擦り付けるのを止めろ。 ……絆されるところだった。 リヴァイは胸倉を掴んでいた手に力をこめると、思い切り突き飛ばした。 「うわ…っ」 相手はバランスを崩し、リヴァイの身体の上から容易く転がり落ちた。 「何するんですか!」 床に這いつくばったままの姿勢、顔だけを上げて、力を込めた大きな眼で抗議されても、心は動かない。揺るがない。そう、あるべきだ。 「……手前はいつも、遣り過ぎだ」 そう言って放って、ふいと彼から顔を背けると、視界の端が破顔した彼の顔を捉えた。 あんなに空気が読めないヤツなのに、こんな時は正確にリヴァイの心情を読んでくる。 まるで、野生の獣の様だ。 リヴァイは眉間の皺を深くし、苦虫を噛み潰したような顔をすると、大勢のギャラリーと彼を捨て置いてその場を去る。 件(くだん)の女性社員を労わることを、しない。 ――それは彼のあの視線を、是としたのも同然だった。 胸を過った僅かの、けれど確かな、爽快さ。 そんなものはなかったことにしてしまえば、よい。 知らない振りをしてしまえば、よい。 それだけの、こと。 だがリヴァイの中の義侠心が、それを許さない。 彼――エレン=イェーガーは、リヴァイの手に余る、実に厄介な存在だった。 (転んだら危ないと思ったんです)